2014年08月21日

国際テロ組織「日本赤軍」…黙示録 ユダヤ 殺人光線…

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#ккк #国際テロ組織 #ユダヤ #殺人光線666 #サクマ(#佐々木典男) #黙示録 #MKKウルトラ


#日本赤軍 - Wikipedia
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日本赤軍


「連合赤軍」とは異なります。


日本赤軍
設立年 1971年2月

廃止年 2001年4月

種類 共産主義武装組織

地位 新左翼、国際根拠地論

目的 世界革命の実現

本部 パレスチナ、ベカー高原

貢献地域・分野 なし

メンバー 重信房子
奥平剛士
丸岡修
佐々木典男など


公用語 日本語

設立者 重信房子、奥平剛士

関連組織 パレスチナ解放人民戦線
ドイツ赤軍
共産主義者同盟赤軍派

ウェブサイト 人民新聞 - 日本赤軍

日本の組織だがパレスチナに拠点を置く。2001年の解散の後、後継組織としてムーブメント連帯が設立された。


日本赤軍(にほんせきぐん)は、中東など海外に拠点を置いて活動を行っていた日本の新左翼系団体。

1971年に共産主義者同盟赤軍派の重信房子らが結成し、1970年代から1980年代にかけて多数の無差別テロ事件(日本赤軍事件)を起こした。

2001年に解散。

アメリカ合衆国国務省の国際テロリズム対策室は日本赤軍を「国際テロ組織」と認定していたが、解散したために認定を解除した。


歴史[編集]

結成[編集]

冷戦時代の1971年2月26日に、共産主義者同盟赤軍派の「国際根拠地論」に基づき、「海外にも運動拠点と同盟軍を持つ必要がある」と判断し、赤軍派の重信房子や元「京都パルチザン」の奥平剛士らがパレスチナへ赴き、同地で創設した。

創設当初は「アラブ赤軍」、「赤軍派アラブ委員会」、「革命赤軍」等と称したが、1974年以降、「日本赤軍」を正式名称とした。


テロ事件[編集]

日本の新左翼


基礎概念

社会主義/共産主義
マルクス主義
マルクス・レーニン主義
トロツキズム/毛沢東主義
アナキズム/左翼共産主義
反レーニン主義/反スターリン主義
構造改革主義
既成左翼/新左翼/極左


主な党派・集団

革共同系
第四インター/JRCL/全国協議会派
革マル派/中核派/中核派関西派

共産同(ブント)系
戦旗派/烽火派/叛旗派/統一委
社労党/マルクス主義同志会
ML派/マル青同/赫旗派/労共党
革命左派/赤軍派/連合赤軍
日本赤軍/ムーブメント連帯


社青同(革労協)系
解放派/狭間派/木元派/全協

構造改革派系/ソ連系
共労党/フロント
日本のこえ/MDS/統一共産同盟

中国系
毛沢東思想研究会
日共左派/日共ML派
緑の党 (三橋派)

アナ革連系
アナキスト社会革命戦線
無政府共産主義者同盟

ノンセクト・ラジカル
東アジア反日武装戦線/京大パルチザン/


歴史

スターリン批判
安保闘争
六全協
全学連
全共闘
三里塚闘争
内ゲバ


政治思想

反代々木派/日本帝国主義/先駆性理論/層としての学生運動論/ゲリラ闘争/革命的敗北主義/革命的議会主義/自己否定論/反帝国主義/反帝国主義・反スターリン主義/前段階武装蜂起論/国際根拠地論/反皇室闘争/反差別闘争/障害者解放闘争/窮民革命論/越年闘争/アイヌ革命論/反日亡国論/日帝本国人/のりこえの論理/権力謀略論/二重対峙革命戦争


関連項目

日本共産党/民青
武装闘争/労働運動/反戦運動

世界革命論/国際主義/前衛党

過激派/ニセ「左翼」暴力集団


Portal:政治学


詳細は「日本赤軍事件」を参照


日本赤軍は当初はレバノンのベカー高原を主な根拠地に活動し、1970年代から1980年代にかけてパレスチナ解放人民戦線(PFLP)などパレスチナの極左過激派と連携し、主に日本のフラッグキャリアである日本航空機を対象とした国内外における一連のハイジャック、反イスラエル闘争としての空港襲撃に伴う一般人を対象にした乱射事件、大使館などの外国公館への武装攻撃、身代金や同志奪還を目的としたハイジャックなどの事件を繰り返した。

1972年5月30日にイスラエルのベン・グリオン国際空港で起こした「テルアビブ空港乱射事件」では、搭乗客や駐機中の旅客機を対象にした無差別乱射を行い、一般市民を中心に100人以上の死傷者を出した。

この事件はPFLPの要請によって行われたものである。この自称「リッダ闘争」により、反イスラエル感情が強いアラブ諸国で日本赤軍は英雄視され、過激派が日本赤軍の自爆テロを模倣するようになった[1][2]。


末期[編集]

その後も1980年代中盤にかけて、いくつかの武装ゲリラ活動をアジア諸国やヨーロッパ諸国を舞台に引き起こした他、「三井物産マニラ支店長誘拐事件」などにおいて他の武装組織への協力を行ったが、欧米各国・イスラエル・日本などの対テロ対策や資金規正の厳重化、アラブ諸国政府からの支援減少などにより、活動は先細りとなっていった。

さらにソビエト連邦が崩壊により冷戦が終結した1990年代には、新規の支持者や支援の獲得が更に困難となり、またイスラエルや西側諸国と対立していた政府や各国の反政府組織からの資金協力や活動提携がほぼ完全に途絶えたこともあり、1990年代に入ると「日本赤軍」としての活動はほとんど行えない状況となった。


壊滅[編集]

さらに1980年代後半から1990年代後半にかけて、逃亡を続けていた丸岡修や和光晴生等の中心メンバーが相次いで逮捕され、組織は完全に壊滅状態に追い込まれた。

1987年11月:東京都内で潜伏していた丸岡修が逮捕された。

1995年3月:ルーマニアに潜伏中の浴田由紀子が発見され、国外退去処分となり逮捕された。日系ペルー人を装いペルーの偽造旅券を所持していた。

1996年6月:ペルーに潜伏中の吉村和江が発見され、国外退去処分となり逮捕された。

1996年9月:ネパールに潜伏中の城崎勉が発見され拘束された。

1997年2月:レバノンに潜伏中の和光晴生、足立正生、山本万里子、戸平和夫、岡本公三が発見され拘束された。戸平が所持していたのは北朝鮮とよど号グループによって拉致されたとされる石岡亨名義の偽造旅券であった。岡本を除く4人は日本へと送還された。

1997年11月:ボリビアに潜伏中の西川純が発見され逮捕された。

その上に2000年11月には、「最高指導者」の重信房子も潜伏していた大阪府高槻市で旅券法違反容疑で大阪府警警備部公安第三課によって逮捕された。その際に、押収された資料により1991年から日本での武力革命を目的とした「人民革命党」及びその公然活動部門を担当する覆面組織「希望の21世紀」を設立していたこと、またそれを足がかりとして社会民主党(旧日本社会党)との連携を計画していたことが判明したと新聞等で報じられた。

「希望の21世紀」は同事件に関連し警視庁と大阪府警の家宅捜索を受けたが、日本赤軍との関係を否定している。

社会民主党区議自宅なども「希望の21世紀」の関連先として同時に捜索を受けたが、社会民主党は「何も知らなかったが事実関係を調査する」として関係があったことを否定した。


解散[編集]

上記のように、1980年代後半以降の主要メンバー逮捕、既存「シンパ」の多くの高齢化、新規の支持者や資金調達などの獲得困難などにより、1990年代後半に事実上の自然解散状態となった。

これを受けて2001年4月に重信房子は獄中から「日本赤軍としての解散宣言」を行ない、正式に解散した。

後継組織としてムーブメント連帯が設立され、現在も設立当時からの支持者などを中心に全国に少数の「シンパ」がいるとみられているが、その多くは上記のように高齢化が進み、さらにこれを受け継ぐ支持者も少ないために年々その数は減少している。

2005年1月、元メンバーの山本万里子は東京都板橋区内のスーパーマーケットでさきいか二袋(一二〇〇円分)を盗んだ所を警備員に見つかり取り押さえられ、警視庁高島平署に窃盗容疑で逮捕された[3]。


解散後[編集]

重信房子は産経新聞のインタビューで「世界を変えるといい気になっていた。

多くの人に迷惑をかけていることに気づいていなかった。大義のためなら何をしても良いという感覚に陥っていた」と自己批判した。

ハーグ事件等に関与し1979年に日本赤軍を脱退した和光晴生は「この件(元メンバーの山本万里子がさきいかを万引きして逮捕されたニュース)は日本赤軍の実態・実状を示したものであり、かつてヨーロッパで商社員誘拐未遂だとか、大使館占拠や飛行機乗っ取り等を実行してきた組織には、反社会的・反人民的性格があった」と批判した[4]。


主なメンバー[編集]

日本赤軍の主なメンバー
氏名 立場 参加 出身 主な日本赤軍事件 判決とその後

テルアビブ空港乱射事件
ドバイ日航機ハイジャック事件
ハーグ事件
クアラルンプール事件
ダッカ日航機ハイジャック事件
ジャカルタ事件


重信房子 最高幹部
政治委員 1971年 赤軍派 ○ 懲役20年(服役中)

奥平剛士 最高幹部
軍事委員 1971年 京都パルチザン ○ テルアビブで死亡

丸岡修 軍事委員 浪共闘及びベ平連 ○ ○ 無期懲役(死亡)

和光晴生 軍事委員 1973年 若松プロダクションスタッフ ○ ○ 無期懲役(服役中)

奥平純三 軍事委員 1974年 京都パルチザン ○ ○ 国外逃亡(国際手配)中

安田安之 1971年 京都パルチザン ○ テルアビブで死亡

岡本公三 1971年? ○ 国外逃亡(国際手配)中

西川純 軍事委員 1973年 ○ ○ 無期懲役(服役中)

日高敏彦 軍事委員 1971年 ○ ヨルダンで逮捕後、自殺

坂東國男 1975年 連合赤軍 ○ 国外逃亡(国際手配)中

佐々木規夫(典男) 1975年 東アジア反日武装戦線 ○ 国外逃亡(国際手配)中

大道寺あや子 1977年 東アジア反日武装戦線 国外逃亡(国際手配)中

泉水博 1977年 統一獄中者組合 無期懲役(服役中)

仁平映 1977年 統一獄中者組合 国外逃亡(国際手配)中

城崎勉 1977年 赤軍派 ○ アメリカ合衆国で懲役30年

松田久 赤軍派 国外逃亡(国際手配)中

山田修 1971年 1972年、訓練中に死亡

檜森孝雄 国内で丸岡らのオルグなどの後方支援活動 1971年 2002年、焼身自殺

足立正生 政治委員 1974年 映画監督(若松プロダクション所属) 懲役2年・執行猶予4年

戸平和夫 軍事委員 赤軍派 懲役2年6ヶ月(2003年5月満期出所)

山田義昭 軍事委員 1973年 1986年2月出頭、懲役1年4ヶ月

山本万里子 欧州工作員(連絡役) 日系百貨店パリ支店勤務 懲役2年6ヶ月・執行猶予5年、2005年に窃盗で逮捕(板橋区のスーパーで裂きイカ2点を万引き)

吉村和江 政治委員 ○ 懲役2年6ヶ月・執行猶予4年, 被拘禁者奪取罪, 国際指名手配にてペルーで逮捕、送還

菊村憂 正式なメンバーかどうかは不明。1988年、アメリカ合衆国で爆発物所持で逮捕、19年服役。2007年、日本に強制送還後、偽造有印公文書行使容疑で逮捕。懲役2年・執行猶予4年


日本赤軍が登場する作品[編集]

『幽閉者 テロリスト』

『カルロス』 - 2011年 フランスのテレビ映画


関連項目[編集]

共産主義者同盟赤軍派-よど号グループ-連合赤軍-ムーブメント連帯

ドイツ赤軍-赤い旅団-パレスチナ-パレスチナ解放人民戦線(PFLP)-カルロス

人民新聞

若松プロダクション-佐々木守-松田政男

ベトナムに平和を!市民連合-高橋武智

救援連絡センター-統一獄中者組合-東アジア反日武装戦線

公安警察-警察庁警備局国際テロリズム対策課

公安調査庁

内閣安全保障室


脚注[編集]

^ 立花隆『イラク戦争・日本の運命・小泉の運命』講談社、2004

^ フランソワ=ベルナール・ユイグ『テロリズムの歴史』創元社、2013

^ “窃盗:元赤軍メンバーを容疑で逮捕−−執行猶予中”.毎日新聞(東京): pp. 10. (2005年1月26日)(夕刊)

^ 和光晴生. “支援連ニュースNo.268「和光裁判は一審結審です」”. 東アジア反日武装戦線に関する よもやま情報のホームページ.2012年2月23日閲覧。


関連書籍[編集]

足立正生『塀の中の千夜一夜 アラブ獄中記』愛育社、2005年9月、ISBN 4750002321

石井一『ダッカハイジャック事件 日本赤軍との闘い』講談社、1978年5月、[1]

河出書房新社(編)『赤軍 1969→2001 総特集』河出書房新社、2001年1月、ISBN 4309976018

今野正義『槐夢 「赤軍」誕生から終焉までの軌跡 ドキュメント』碧天舎、2004年1月、ISBN 4883464571

塩見孝也『赤軍派始末記 元議長が語る40年』彩流社、2003年3月、ISBN 4882027984

世界革命戦線情報センター、査証編集委員会(共編)『隊伍を整えよ 日本赤軍宣言』 査証出版、1975年

高木規矩郎『日本赤軍を追え 「ドキュメント」中東記者15年の取材ノート』現代評論社、1986年2月、[2]

日本赤軍(編著)『日本赤軍20年の軌跡』話の特集、1993年5月、ISBN 4826401302

松下竜一『怒りていう、逃亡には非ず 日本赤軍コマンド泉水博の流転』河出書房新社、1993年12月、ISBN 4309008739、河出文庫: 1996年2月、ISBN 4309404723、松下竜一その仕事刊行委員会版: 河出書房新社、2000年9月、ISBN 4309620736

和光晴生「赤い春―私はパレスチナ・コマンドだった」集英社インターナショナル 2007年10月ISBN 4797671688


外部リンク[編集]

人民新聞 - 日本赤軍

日本赤軍の歩み - 闘いの路線的なとらえ返しとして 重信房子 2004年12月1日

福岡県警察 国際手配中の日本赤軍


冷戦
参加:西側諸国-東側諸国- (非同盟諸国)

1940年代
冷戦の勃発
(第二次世界大戦の会談・会議) -45年:ヤルタ会談-ドイツ分割占領- ポツダム会談-日本占領-朝鮮占領-46年:鉄のカーテン-ギリシャ内戦-国共内戦-第一次インドシナ戦争-47年:トルーマン・ドクトリン-X論文-マーシャル・プラン-モロトフ・プラン-第一次印パ戦争-48年:ベルリン封鎖-朝鮮南北分断-チェコスロバキア政変-逆コース-49年:ベトナム国成立 -中華人民共和国成立


1950年代
波及と雪解け
50年:マッカーシズム-レッドパージ-ローゼンバーグ事件-朝鮮戦争-チベット征服-53年:ラズエズノイ号事件-アーバーダーン危機-ラオス内戦-54年:PBSUCCESS作戦-キャセイ・パシフィック航空機撃墜事件-ベトナム南北分断-55年:カシミールプリンセス号爆破事件-56年:スターリン批判-ハンガリー動乱-第二次中東戦争-57年:スプートニク・ショック-58年:金門砲戦-59年:新潟日赤センター爆破未遂事件-キューバ革命-黒いジェット機事件-中印国境紛争


1960年代
対立の激化
60年:60年安保-コンゴ動乱-U-2撃墜事件-中ソ対立-61年:ピッグス湾事件-ウィーン会談-ベルリンの壁建設-5・16軍事クーデター-62年:キューバ危機-北イエメン内戦-63年:PTBT-64年:トンキン湾事件-フルシチョフ失脚-プロヒューモ事件-ブラジル親米派クーデター 65年:ベトナム戦争-ドミニカ内戦-第二次印パ戦争-9月30日事件-66年:文化大革命-67年:第三次中東戦争-東ベルリン事件-68年:プラハの春-青瓦台襲撃未遂事件-プエブロ号事件-NPT-69年:アメリカ海軍偵察機撃墜事件-大韓航空機ハイジャック事件-中ソ国境紛争


1970年代
米ソデタント
70年:カンボジア内戦-71年:加賀市沖不審船事件-林彪事件-ピンポン外交-バングラデシュ独立戦争-72年:ニクソン訪中-日中国交正常化-SALT-I-ABM制限条約-東西ドイツ基本条約-73年:渡辺秀子さん2児拉致事件-チリ・クーデター-第四次中東戦争-74年:ギヨーム事件-文世光事件-75年:CSCE設立 -アンゴラ内戦-マヤグエース号事件-76年:南北ベトナム統一-ポプラ事件-ベレンコ中尉亡命事件-汚い戦争-77年:北朝鮮による日本人拉致-ドイツの秋-モザンビーク内戦-78年:オガデン戦争-大韓航空機銃撃事件-79年:中越戦争-台湾関係法締結-イラン革命-中米紛争-ニカラグア革命・コントラ戦争-SALT-II-アフガニスタン侵攻


1980年代
再激化と終結
80年:モスクワオリンピックボイコット-ボローニャ駅爆破テロ事件-81年:ソ連潜水艦座礁事件-P2事件-82年:レフチェンコ事件-83年:ラングーン事件-レバノン戦争-悪の帝国発言-戦略防衛構想-大韓航空機撃墜事件-ラングーン事件-グレナダ侵攻-84年:ロサンゼルスオリンピックボイコット-85年:ペレストロイカ開始-86年:イラン・コントラ事件-87年:INF全廃条約-88年:パンアメリカン航空103便爆破事件-89年:六四天安門事件-ベルリンの壁崩壊-東欧革命-マルタ会談


分断国家
Template:分断国家


軍事機構
北大西洋条約機構-ワルシャワ条約機構-東南アジア条約機構-中央条約機構-米州機構-太平洋安全保障条約


軍事条約(二国間)
日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約・日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約-米華相互防衛条約-台湾関係法-米韓相互防衛条約-米比相互防衛条約-中ソ同盟-中朝友好協力相互援助条約


政治経済機構
欧州経済協力機構-経済協力開発機構-経済相互援助会議-コミンフォルム-米州機構-南米諸国連合-欧州共同体-全欧安全保障協力会議-欧州会議-北欧理事会-アラブ連盟-東南アジア諸国連合-アフリカ連合-地中海連合


諜報機関
CIA-KGB-SIS (MI6)-DGSE(旧 SDECE)-BND-シュタージ-国家情報院(旧KCIA、国家安全企画部)-モサド


競争
軍備拡張競争-宇宙開発競争


イデオロギー
自由主義-社会主義-スターリニズム-ユーロコミュニズム-ド・ゴール主義-中ソ対立-毛沢東主義-チュチェ思想


外交政策
アメリカ
トルーマン・ドクトリン-マーシャル・プラン-ドミノ理論-民主化-ニクソン・ドクトリン


西側
親米-アメリカニゼーション-ノルディックバランス-ハルシュタイン原則-東方外交


ソ連
鉄のカーテン-スターリン批判-制限主権論-グラスノスチ-ペレストロイカ


東側
衛星国-フィンランド化-竹のカーテン-アルバニア決議


非同盟
第三世界-コロンボ会議-アジア・アフリカ会議-平和十原則-非同盟諸国首脳会議


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黙示録…#ккк ユダヤ殺人光線 666…20140911

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HISTRYof #UFO
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1882.8.12
世界初のUFO写真メキシコのサカテカス天文台で撮影される。

1908.7.30
ロシアのシベリア奥地ツングースに謎の巨大物体が衝突し大爆発を起こす。

1910.8.20
南シナ海でオランダ船バレンチン号が、海面で回転する車輪上の円盤を目撃

1938.10.30
H・G・ウェルズ原作、オーソン・ウェルズ脚本によるラジオドラマ「宇宙戦争」を聞いた市民が本当のことと勘違いし、全米でパニック騒動が起こる。

1942.2.25
第2次世界大戦下の米、ロサンゼルス上空に数個のUFO出現。対空砲火を浴びる

1944.12.13
連合軍欧州最高司令官、D・アイゼンハワー将軍とW・チャーチル卿が共同でUFOに関する声明を発表。

1941〜1945
第2次大戦中、連合国、同盟国両軍の空軍にたくさんのフー・ファイター(幽霊戦闘機)が目撃される。また、日本上空でも多数のUFOが目撃された。

1945.7.16
アメリカ、ニューメキシコ州アラモゴードで世界初の原爆核実験が行われる。

1945.8.6
人類初の原子爆弾が日本の広島に投下される。

1945.8.9
日本の長崎に2度目の原子爆弾が投下される。

1946.10
アメリカが月に向かって初めて電波を送信する。

1947.6.24
アメリカ、ワシントン州のレーニア山上空で、消火器販売の青年実業家ケネス・アーノルドがUFO編隊を目撃。以後、UFOが世界的な話題となる。

1947.7.5
アメリカ、ニューメキシコ州ロズウェルにUFOが墜落。地元の牧場主のマック・ブラーゼル氏がUFOの破片と思われる物体を発見する。

1947.7.8
アメリカ、カリフォルニア州のマロック空軍基地上空にUFOが出現する。

1947.7.23
ブラジルでホセ・ビキンズ氏が巨大な物体が降下してくるのを見た直後に、普通の人間の3倍近くもある巨大なヒューマノイド(人間型生物)に出会う。

1947.8.14
イタリアに緑色の小人ヒューマノイド出現。腰のベルトから麻痺光線を発射。

1947.9.23
アメリカ空軍、UFO調査機関、プロジェクト・サインを非公式に発足させ真相究明に乗り出す。

1948.1.7
アメリカ、ケンタッキー州ゴドマン空軍基地所属のトーマス・マンテル大尉、UFO追跡中に墜落死。

1948.1.22
アメリカ空軍、UFO調査機関「プロジェクト・サイン」を正式に発足させる。

1948.7.23
アメリカでイースタン航空旅客機が青色の葉巻状物体と遭遇、危うく衝突を免れる。

1948.10.1
アメリカ、北ダコタ州ファーゴ空軍基地でF51に乗ったゴーマン中尉が、小型UFOと空中戦を展開。

1949.2
アメリカ空軍、「プロジェクト・サイン」を「プロジェクト・グラッジ」と改名。

1949.8.19
アメリカ、カリフォルニア州デスバレーにUFOが着陸。乗員と思われる小人が出現。
1949.8.20
アメリカの冥王星発見者クライド・トンボー博士、ニューメキシコ州の自宅前で家族とともに長方形の発光体群を目撃。

1949.8.29
ソ連が最初の核実験を行う。

1949.12.23
アメリカの雑誌「TRUE」誌にアメリカ海軍退役少佐ドナルド・キーホーが「UFO=宇宙船」説を発表。

1949.12.27
アメリカ空軍、UFO調査機関「プロジェクト・グラッジ」を閉鎖。UFO否定を声明。

1950.4.4
アメリカのハリー・トルーマン大統領が記者会見で「空飛ぶ円盤が実在するなら、それは地球上の力によって作られたものではないと、私は断言できる」との発言を行う。

1950.5.11
アメリカのマクミンビルで、農夫のポール・トレント氏が庭からUFOを連続撮影。真偽をめぐり物議をかもす。

1950.5.22
アメリカのアリゾナ州ローウェル天文台のセイヘーマス博士が小型UFOを目撃。

1950.7.2
カナダのオンタリオ州スティーブ湖で鉱業工学技師がUFOらしい物体と7、8人の小さな人間のような生物を目撃。

1950.11.21
カナダ運輸省の主席電波技師ウィルバー・B・スミスが、空飛ぶ円盤(UFO)が実在するという旨の内容を含んだ最高機密メモを本国の運輸省の上司宛に出す。

1951.2.19
東アフリカ航空機がキリマンジャロ上空で巨大な砲弾状物体に遭遇。

1951.8.25
アメリカのテキサス州ラボックで2人の科学者が10数個の黄色く輝く光体群の撮影に成功。

1951.10.27
アメリカ空軍、UFO調査機関「プロジェクト・グラッジ」を再開

1952.1
アメリカに世界初のUFO民間研究団体「APRO」が発足。

1952.3.25
アメリカ空軍、「プロジェクト・グラッジ」を「プロジェクト・ブルーブック」と改名。初代主任エドワード・ルッペルト大尉命名の「UFO」が正式に空軍用語になる。

1952.3.29
青森県三沢基地上空で、飛行訓練中のブリガム中尉が小型UFOと遭遇する。

1952.7.19
アメリカの首都、ワシントン上空にUFO群が頻繁に出現。レーダーにも再三キャッチされる。

1952.7.26
ふたたび、首都ワシントン上空にUFO群が頻繁に出現。

1952.8.13
みたび、ワシントン上空に68機ものUFO群が出現する。

1952.8.25
アメリカ、カンザス州ピッツバーグでラジオ局の職員が車で出勤の途中、道路上で幅25メートル、高さ4メートルほどのUFOを目撃する。UFOの中に操縦しているらしい”人”がいるのをはっきり見たと述べた。

1952.9.12
アメリカ、ウェストバージニア州フラットウッズに3メートル近い身長を持つ”怪物形宇宙人”が出現。

1952.10.3
英国が最初の原爆実験をオーストラリア北西のインド洋上で行う。

1952.10.17
フランス、ピレネー山脈の町オロロンに母船型UFOが小型UFOとともに現れ、糸状の物質を放出。

1952.11
アメリカにNSA(国家安全保障局)が設置される。

1952.11.20
ジョージ・アダムスキー、アメリカのモハベ砂漠で金星人と会見したと主張。

1953.1.14〜1.17
CIAが科学者を集めてUFOの査問会(ロバートソン査問会)を開く。

1953.5.21
アメリカ、アリゾナ州キングマンの山中にUFOらしき物体が墜落。このとき異星人らしき生物が米軍に捕獲されたという噂が立つ。

1953.8.12(11?)
ソ連が初の水爆実験を行う。

1953.7.31
イタリアのベルニナ・アルプスで技術者のグランピエロ・モングッチが宇宙船らしき7枚のUFO連続写真を撮る。

1953.8.5
アメリカ、北ダコタ州ビスマークで発光体がレーダーにキャッチされる。

1954.2.15
イギリス、ランカシャー州でスティーブン・ダービシャーがアダムスキー撮影のUFOと同型のUFOをカメラの撮影に成功。

1954.2.17
軍・民間を問わないすべての航空機機長は、目撃したUFOに関して報告書の作成を義務づけられる陸海空統合発令JANAP146がアメリカ・カナダ両国の主要航空会社の代表とアメリカ軍事輸送局の合議で発令される。

1954.2.18
イギリス、スコットランド北部でセドリック・アリンガム氏がUFOの着陸を目撃。火星から来たと名乗る人物と出会う。

1954.8.20
ノルウェーで2人の姉妹がUFOから降りてきた男に話しかけられる。

1954.11.21
ドイツの世界的なロケット学者、ヘルマン・オーベルト博士、UFOの実在を認める声明を発表。

1954.11.28
南米ベネズエラのカラカスで、トラック運転手が毛むくじゃらの生物と格闘。

1955.4
イギリスでUFO専門の雑誌「フライング・ソーサー・レヴュー」誌が創刊される。

1955.8.22
アメリカ、ケンタッキー州ケリーホプキンスビルに身長1メートル程度の異星人のような生物が現れる。

1955.10.8
「ニューヨーク・タイムズ」誌にダグラス・マッカーサー元帥の惑星間戦争に関する談話が掲載される。

1956.4
アメリカ海軍退役少佐ドナルド・キーホー、民間UFO研究団体「NICAP」を発足。

1956.5
日本の東京、高尾山でキャンプ中の2人連れがUFOの3機編隊を目撃。

1956.5.21
米国がビキニ環礁で初の水爆空中投下実験を行う。

1957.9
ブラジルのウバツーバで爆発したUFOの金属片を分析した結果、純度100パーセントのマグネシウムと判明する。

1957.11.4
ブラジルのイタイプ要塞にUFOが大接近。兵士2人がやけどする。

1957.12.9
東京天文台長、宮地政司博士、毎日新聞にUFO否定論を発表する。

1958.1.16
ブラジル、トリンダテ島付近でブラジル海軍練習船上から土星形UFOを撮影。ブラジル海軍省から公認され、国家公認のUFO写真として話題になる。

1958.9.5
デンマークでオートバイに乗った少女がUFOに追跡される。

1958.10.3
アメリカ、インディアナ州で貨物列車が4個の白色に輝くUFOに追跡される。

1958.12.20
スウェーデンのヘルシンクボリーで2人の青年がUFOから現れたゼリー状の生物に襲われる。

1959.6.27
ニューギニア、パプア島ボイアナイで現地のウィリアム・B・ギル神父とその助手ら総勢27人によってUFOの上部で手を振る数人の”人間”?が目撃される。

1960.7.11
ドイツのアマチュア無線家がUFOからと思われる奇妙な信号をキャッチした。

1961.4.12
旧ソ連のユーリ・ガガーリン、人類初の有人宇宙飛行に成功。

1961.5.19
アメリカのニューハンプシャー州でカナダに観光旅行をして帰宅途中のヒル夫妻がUFOに連れ込まれ異星人らしき生物に、身体検査をされた上、記憶を消されて戻される。

1961.6.21
旧ソビエト連邦、リュビネク市郊外に建設された地対空ミサイル基地にUFO出現。基地の機能をマヒさせる。

1961.10.31
アメリカでくじら座のタウ星などに電波望遠鏡を向け、異星人からの信号をキャッチしようという「オズマ計画」が行われる。

1962.4.30
NASAのテストパイロット、ジョセフ・ウォーカー氏が遊翼ロケット機X−15でテスト飛行中、搭載された自動カメラが5〜6機の円筒形、円盤型のUFOを撮影した。

1962.7.17
米空軍のパイロットとして最初にX−15を操縦したロバート・ホワイト少佐が同機で高度記録の最高点に向かって上昇中に機体の回りを飛ぶUFOを目撃する。

1962
ダグラス・マッカーサー元帥、1962年のウェストポイント陸軍士官学校卒業生に対する講演で惑星間戦争に言及。

1962.10.19
アルゼンチンのタンクローリー運転手、UFOの光線を浴び、大やけどをする。

1962.12.14
アメリカの宇宙船マリナー2号、金星を探査。

1962.12
カリフォルニア大学のカール・セーガン博士、アメリカロケット協会における講演で、地球が異星人の訪問を受けている旨の発言を行う。

1963.1.9
アメリカ陸海空三軍統合参謀本部の通信電子工学所所長、ジョン・A・マクダヴィッド将軍、イリノイ州ミリキン大学の交友年次総会で「最近の宇宙科学」についての講演の中で、地球外の知的生物に関する発言を行う。

1963.3.27
キューバ領空に侵入したUFOがキューバ空軍のミグ21戦闘機を迎撃させる。

1963.5.15
アメリカの宇宙飛行士、ゴードン・クーパー少佐、宇宙空間で銀白色のUFOを撮影。(マーキュリー9号)

1963.8.28
ブラジルで透明な球体から1つ目の巨人ヒューマノイドが出現。植物を採集して球体に戻った。

1963.10.21
アルゼンチンのモレノ一家は、UFOからのチューブ状の怪光線に包囲される。

1963.11.22
第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディ、テキサス州ダラスを遊説中に暗殺される。犯人はリー・ハーベイ・オズワルドというロシア亡命を企てた経歴を持つ海兵隊あがりの男。

1963.11.29
ケネディ大統領暗殺の真相究明のための調査委員会、ウォーレン委員会が設置される。

1964.4.24
アメリカ、ニューメキシコ州で、ロニー・ザモラ警官は4本足で着陸中のUFOと、小さな生物を目撃する。

1964.9.4
アメリカのカリフォルニア州に住む地質学者が、鹿狩りの最中、UFOから降り立った異星人らしき生物とロボットにガス攻撃を受ける。

1964.10.13
旧ソ連の宇宙船「ボストーク1号」UFOの接近で計器類に乱れが生じ、緊急着陸命令が下る。

(横浜・テト攻撃計画開始か?)

1965.6.4
「ジェミニ4号」ハワイ上空を通過中、船外に光る物体が漂っているのを目撃。

1965.7.1
フランス東南部のヴァレンソール地方のラベンダー農場にUFOと異星人らしき生物が出現。農家の人に怪光線を発射し、麻痺させる。

1965.7.14
アメリカの火星探査機「マリナー4号」、火星表面の写真撮影の直後、電波の受信状態がおかしくなる。

1965.9.6
チリ国営航空旅客機、謎の発光体に追跡される。

1966.1.19
オーストラリア、タリーでバナナ栽培業者がUFO目撃後、着陸跡を発見。

1966.3.20
アメリカ、ミシガン州アナーバー近郊の沼地で、警察官12人を含む40人以上の人々が4機のUFOのうち1機が着陸するのを目撃する。

1966.4.5
アメリカ連邦議会、下院軍事委員会でUFO問題に関する初めての議会公聴会が開催される。

1966.9.12
ジェミニ11号のゴードン、コンラッドの両宇宙飛行士が自分たちから約6マイル離れた地点を飛ぶ、だいだい色のUFOを発見したと報告する。

1966.5
アメリカ、ギャラップ世論調査でアメリカ人のUFO目撃者が500万人に上ると発表。

1966.10.6
アメリカ空軍の依頼でエドワード・コンドン博士を中心とするコロラド大学UFO調査委員会(コンドン委員会)設立。

1967.1.25
アメリカ、マサチューセッツ州でベティ・アンドレアソン婦人が自宅に侵入してきた異星人にUFO内に連れ込まれ、生体検査を受けたと主張。

1967.6.1
スペインの主都マドリード郊外、サンホセ・デ・バルデラスで奇妙な印をつけた”ウンモ星人”と名乗る異星人のUFOが撮影される。

1967.7.21
アメリカ、ノースカロライナ州でロニー・ヒル少年により球体UFOから現れた銀色のスーツを着た小人異星人が目撃、写真に撮影される。

1967.8.13
ブラジル、ゴヤス州の農場監督イナキオ・デ・スーザ、UFOから出てきた異星人らしき小人ヒューマノイドを銃撃したところUFOの緑色光線を浴び、白血病で死ぬ。

1967.8.29
フランスのキュサク村にUFOと4人のヒューマノイドが現れ、硫黄の臭いを残して飛び去る。

1967.12.3
アメリカ、ネブラスカ州でハーバート・シャーマー警官が”異星人”に遭遇。直後に記憶がなくなり逆行催眠の結果、UFO内に連れ込まれていたことが判明。

1967.2.2
ニュージーランドの牧場主エイモス・ミラー、UFOの光線を浴びて、頭の皮を吹き飛ばされ即死。

1968.5.17
チリ宇宙船観測所付近に出現したUFOが写真撮影される。

1968.7.29
アメリカの連邦議会、下院でUFOシンポジウムが開かれる。

1968.11.1
フランスの生物学者、UFOからの怪光線を浴びる。その後、後遺症も完治。

1968.11.13
アメリカの情報機関NSA(NATIONAL SECURITY AGENCY)が「UFO仮説と生存問題」を作成。

1969.1.9
アメリカのコンドン委員会、UFOに関する否定的見解の白書を発表して解散する。

1969.5
日本の国会で「わが国における宇宙の開発および利用の基本に関する決議」が全会一致で行われる。

1969.7.13
アメリカの農場に滞空していたUFOが飛び去ったところに焼け跡が発見される。

1969.7.21
アメリカ、「アポロ11号」人類史上初の有人月着陸に成功。

1969.11.15
アメリカ、「アポロ12号」のゴードン、コンラッド、ビーンの3飛行士、宇宙船に接近する2機の巨大なUFOをカラー撮影に成功。

1969.12.17
アメリカ空軍「プロジェクト・ブルーブック」を閉鎖。

1970.1.7
フィンランドの2人の男がUFOから現れたヒューマノイドの怪光線を浴び、身体に異常をきたす。

1970.8.29
スウェーデンでUFO光線を浴びた土から、弱いガンマ線が検出される。

1971.5.6
スウェーデンのトラック運転手、UFOの写真撮影に成功。国防研究所が本物と断定。

1971.6.13
アリゾナ大学の大気物理学博士でUFO肯定論者だったジェームズ・マクドナルド博士が同じアリゾナ州のツーソンで不可解な「自殺体」で発見される。

1971.11.8
国連総会第一小委員会において、ウガンダのイビンギラ国連大使が「UFO問題は国連の場で討議されるべきだ」との発言をする。

1972.8.9
高知県介良町で小型UFOの捕獲未遂事件が発生した。

1972.12.19
米国、アポロ計画が終了した。

1972.12.30
アルゼンチンのベンツラ・マセラス氏は、UFOの光線を浴びた後、文盲から天才に急変した。

1973.6.30
イギリス、フランスの皆既日食調査の航空機「コンコルド」がアフリカ上空で巨大なUFOを撮影。

1973.7.7
米空軍に勤務していたフリッツ・ワーナー氏がアリゾナ州キングマン付近に墜落したとされる未知の物体の調査にかかわったという内容の宣誓供述書に署名する。

1973.9.20
アメリカの宇宙実験室「スカイラブ」に接近したUFO,写真撮影される。

1973.10.11
アメリカ、ミシシッピ州パスカグーラで2人の造船工が夜釣りの最中、ロボット型のヒューマノイド3人にUFO内に連れ込まれ、検査される。

1973.10.17
アメリカ、アラバマ州ハンツビルでジェフリー・グリーンホーという警察署長が異星人らしき生物に出会い、写真に取る。

1973.10.18
アメリカ、オハイオ州付近で、軍用ヘリコプターが葉巻状のUFOと遭遇。

1974.4
アメリカ、イリノイ州にJ・A・ハイネック博士が「UFO研究センター」を設立。

1975.1.28
スイスで農業を営むエドワード・ビリー・マイヤー氏とプレアデス星団から来たとされる異星人?とのコンタクトが始まる。

1975.10.25
アメリカ、ワイオミング州でヒューマノイドにハンターが連れ去られる。

1975.2.23
山梨県甲府市で、2人の小学生が着陸したUFOから現れたヒューマノイドに肩をたたかれる。

1975.2
FBIの機関紙にハイネック博士の「UFOの謎」が掲載。

1975.8.13
アメリカ、ニューメキシコ州アラモゴードで空軍軍曹、チャールズ・ムーディがUFOに遭遇。逆行催眠でUFO内に連れ込まれ、身体検査をされたことが判明。

1975.10.17
秋田空港上空に黄金色のUFO出現。地上および空中のパイロットからも目撃される。

1975.11.7
アメリカ、モンタナ州マルムストロム空軍基地のミニットマン・ミサイルを収容するK7サイト上空に巨大なフットボール場大のオレンジに輝くUFOが侵入した。

1975.11.15
アメリカ、アリゾナ州ヒーバーでトラビス・ウォルトンがUFOに連れ去られる。この事件の真偽をめぐって、大論争が巻き起こる。

1976.6.22
アフリカのグランカナリア島で、輝く巨大な透明の球体の中に赤いスーツの2人の巨人ヒューマノイドが目撃される。

1976.7.31
NASAの火星探査機バイキング1号が、火星の地表に巨大な人間の顔のような構造物をカメラで撮影した。

1976.9.19
イランの首都テヘラン上空に巨大なUFOが出現。現地空軍指揮官も肉眼で確認、レーダーにも捕捉される。

1976.10.7
第31回国連総会で南米グレナダのゲーリー首相がUFOに関する演説を行う。

1976.12
旧ソ連の天文学者F・Y・ジーゲル博士が地下出版したUFO目撃記録集の存在が明らかになる。

1977.1
アメリカの天文学者ピーター・スターロック博士がアメリカ天文学会員にアンケートをとったところ、1356通の回答のうち、53パーセントはUFOの科学的研究をさらに行うべきだというものであった。

1977.4.18
「第1回UFO国際会議」がメキシコのアカプルコで開催される。

1977.5.1
フランス国立宇宙センター内にUFO問題研究のための公式機関「GEPAN」が設立される。

1977.7.8
沖縄の宜野湾にUFO出現。サトウキビ畑が押し倒される。

1977.9.20
旧ソ連、カレリア共和国の首都ペトロザヴォーツクの上空にUFOが出現。光の矢を地上に降り注いだ。

1977.9.21
アメリカのUFO研究団体GSW(地上円盤監視機構)がCIAを相手取り、UFO極秘文書公開の訴訟を連邦裁判所に対して起こす。

1977.10.8
ブラジルで、バス運転手が1本足の生物にUFO内に連れ去られる。

1978.3.18
アメリカ、サウスカロライナ州でビル・ハーマン氏がUFOに誘拐される。

1978.9.18
アメリカ、アリゾナ州の民間UFO研究団体GSWがCIAを相手にした裁判に勝訴。この結果、多数のUFO関係のCIA秘密文書が公開されることになる。

1978.10.21
オーストラリア南のバス海峡で20歳のパイロット、フレデリック・ヴァレンティッチが操縦するセスナ機が行方不明になる。

1978.11.9
クウェート上空にUFO出現。事態を重く見たクウェート政府はUFO特別調査委員会を作って調査に当たるよう命じる。

1978.12.14
1978.9.18日の判決結果にもとづき、CIAが計340件、935ページにも及ぶUFO関係の秘密文書を公開する。

1978.12.31
ニュージーランドで、テレビ局の取材チームがUFOの撮影に成功。

1979.1.21
英国上院でUFO公聴会が開催される。

1980.8.9
アメリカ、ニューメキシコ州カートランド空軍基地内にUFOが着陸しているのを警備兵が目撃する。

1980.12.29
アメリカ、テキサス州で2人の女性と子供が軍用ヘリコプターに取り囲まれたUFOらしき物体を目撃後、放射能障害らしき症状が現れる。

1980.12.30
イギリス、レンデルシャムの森林地帯にUFOが出現。後日、兵士の1人が基地司令官と異星人らしき生物が会見したと、英大衆紙が報道。

1981.1.8
フランス南部アヴイニョン近くのトランザンプロバンスで農夫のルナトー・ニコライが、庭にUFOが着陸して飛び去るのを目撃した。

1981.4.12
スペースシャトル1号機コロンビアが打ち上げられる。

1981.5.14
旧ソ連邦の人工衛星サリュート6号の乗員2人が4日間にわたって球形型UFOとランデブー飛行を体験。UFOの機体の窓越しに巨人型の異星人を目撃。

1981.7.24
中国でUFO史上最大?の目撃事件が発生。目撃範囲はほぼ中国全土にわたり、100万人近くもの目撃者がでた。

1981.11.27
全日空617便、宮崎行きの機長が大島西上空に光る飛行物体の編隊を目撃。

1983.3.23
アメリカ大統領ロナルド・レーガン(当時)が、「もし世界中の人々が宇宙からの敵に脅かされていると知ったらどうでしょう。・・・(中略)」という趣旨の発言を行う。

1983.3.28
アメリカ大統領ロナルド・レーガン(当時)が、「核兵器を無力化して核攻撃の脅威から世界を解放する」という趣旨の、いわゆる戦略防衛構想=SDI(STOREGITIC・DEFENCE・INITIATIVE)を発表する。

1983.5.20
オーストラリア、メルボルン近郊の町で2日間にわたり大型のUFOが飛来した。

1984.12.18
水産庁の海洋調査船が大西洋南西部の海上でUFOらしき物体を目撃する。

1984.12
北米防空司令部(NORAD)がレーダー画面に未確認飛行物体(UFO)を確認。

1985.6.11
北京発パリ行きの中国民航機が、中国甘清粛省上空で輝く巨大な光体を発見。

1985.11.20〜28
スイスのジュネーブで開かれたレーガン・ゴルバチョフの米ソ首脳会談の席上、レーガン大統領が「宇宙人からの脅威に直面したら、国と国との意見や考え方の違いは、あっという間に消えるだろう」という発言を行う。

1985.12.4
アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガン、メリーランド州の米陸軍士官学校での演説で宇宙からの脅威に言及。

1986.11.17
日本航空ジャンボ機貨物便の機長が、アラスカ上空で巨大なUFOに異常接近されたと証言した。

1986.12
アメリカ大統領ロナルド・レーガンの元へUFOに関する大統領概況報告書が届けられる。

1986.12.21
水産庁の調査船が中部太平洋海上で1984年に続き、2回目のUFO目撃。

1987.2.16
旧ソ連大統領ミハエル・ゴルバチョフ、共産党中央委員会の記念講演で「地球がエイリアンの侵略を受けるようなことになれば米ソの軍隊は連帯してこのような侵略を撃退する」との発言を行う。

1987.4.22
旧ソ連邦、カザフ共和国上空を飛行中の英国航空ジャンボ機が巨大UFOと接近遭遇。数分間の平行飛行を体験する。

1987
ロスアンジェルス在住のUFO研究家ジェームス・シャンドレー氏の元へ「MJ−12」に関する秘密文書を写した未現像フィルムが送られてくる。

1988.1.21
オーストラリア南部、ナラバー平原に向かう途中のハイウェーでフエイ・ノウルズさん以下の母子4人を乗せた乗用車がUFOに遭遇。乗用車ごとUFOに引き上げられそうになる。

1988.2.11
アメリカ大統領ロナルド・レーガン、火星などに向けて有人宇宙活動を広げていくという新国家宇宙政策を発表。

1988.5.6
アメリカ大統領ロナルド・レーガン「ワシントン・ポスト」紙上でUFOに関する発言を行う。

1988.9.21
アメリカ大統領ロナルド・レーガン第42回国連総会でUFOに関する発言を行う。

1989.3.14
スペースシャトル「ディスカバリー」が地球周回軌道上でUFOに遭遇。一時的にコントロールがきかなくなっていたとイギリスの新聞が報道。

1989.3.27
火星探査機「フォボス2号」が交信途絶直前に全長20キロという超巨大葉巻型UFOの赤外線映像を電送してくる。

1989.7.14
旧ソ連ペルミ州のキャンプ場でたくさんの人が、「光る目を持つ人間に似た生物」を目撃。

1989.7.20
第41代アメリカ大統領ジョージ・ブッシュ、火星への有人飛行を突然、宣言する。

1989.9.23
旧ソ連ロシアの南部、ボロネジ市の公園で3人の少年が巨人型の異星人と遭遇したと国営のタス通信が伝える。

1989.11.9
東西冷戦のシンボル、ベルリンの壁が崩壊する。

1989.11.29
ベルギーでUFOの集中目撃事件が発生。


1999.7
Noth-to-la-Da・Vinteの予言の通り、日本を7の月の方角と位置するエリアで特殊な光線と電波が発生。



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